2011年08月14日

戦争犯罪3(友人投稿記事)

戦犯という言葉は、私にとっては、何とも言えない重みがあります。

その戦犯ですが、負けた側だけに戦犯が存在してるというのは、おかしいと思うのです。

また勝者が敗者を裁くのは、裁判の形式として成り立たず、そういう意味では、罪人扱いとなった戦犯は、平和に対する罪があったとしても、戦犯ではないと思うのです。

政府は、この2つの前提に立って外交上発生してくる揉め事を、検討していくべきだと思うのです。

近隣諸国は、自国の意に沿わないことがあると、我が国の心である日の丸、国旗を焼き払うなどの野蛮な行為を行い、外交上も面談キャンセルといった無礼なことを、平気で行います。

こういう国際儀礼上、許すまじき行為に対し、徹底的に抗議し「同じ行為は二度としません」という一筆をとるまで、抗議するのです。

形式的抗議ではなく、本気の抗議を行うことが、国家の主体性を確保する最低限の条件だと思います。

今の日本、何か事が起きると
「遺憾に思います」

まさしく形式的抗議そのもの
これを越える抗議なくして、真の国益は守れません。

日本が怒っても、それは常識の範囲内。どうってことない。おそるるに足りない。
私は近隣諸国は、そういう風に思ってると思いますので、先ずは新政権には、これを払拭してくれることを期待したいと思います。


明日は核心に触れるテーマで書きたいと思いますが、コメント等はお手柔らかに願います。
  


Posted by 芸能 at 04:22Comments(2)友人投稿